浅草千代連の歩み

当連合会は、その前身を「浅草浅友會(せんゆうかい)」と言いいます。僅か数人の若 者が地元浅草の同級生を中心とした有志を募って発足致しました。

その後、三社祭を初めとした浅草地区の祭礼に止まらず、各地でも精力的に活動を続け 、それに於いて数々の神輿同好会との友好関係を築き上げていきました。そして平成三 年、周囲の熱い要望を受け、傘下8団体から成る連合体「浅草千代連(ちよれん)」を 新たに発足させるに至ったのです。
その際、浅友會会長は総代の席に上がり、総代の盟友である山下和哉が初代会長として その重責を担う事となりました。そしてそれを期に浅友會は会の名称を「浅草同志會」 と改め、千代連の傘下に収まる事でその姿を現在に残しております。

千代連は、浅草の西側「千一南町会(せんいちみなみ)」にて御神酒所を開き、三社祭 の花である宮出しに於いても西部に所属しております。発足当初は会員数約150人程 で出発致しましたが、皆が一致団結して二本の棒をその肩で担ぎ続け、最盛期には傘下 11団体、総会員数約1000人を数えるまでに成長致しました。
そして更に平成12年からは、西部に所属する各同好会協議の下、宮出しに於いて短時 間ではありますが、本社神輿一基、つまり四本全ての棒を千代連のみで担ぎ上げるとい う快挙を成し遂げたのです。これは三社祭史上初の事であり、我が浅草千代連の誇りで もあります。


「千代連」という名称の由来

「千代連」という名称は、総代の名に由来するものですが、この名は総代の祖父である 、故・石井喜三郎氏が「千代続く蔵を持つ男になれ」との祈願を込めて命名されたもの です。

現在も山下初代会長がその卓越した指導力で連合全体を牽引し続けております。総代は その磐石の態勢に全幅の信頼をおき、お祭りの表舞台からは一歩退いてはいるものの、 その存在は連合会の象徴として会員の精神的支柱となっております。

今後も「浅草千代連」の名に恥じぬよう、地元浅草で江戸の伝統文化を継承し、由緒あ る神輿同好会として準ぜれるよう精進して参る所存です。